糖尿病治療薬「セマグルチド」は、心臓疾患にも効果あり? 適用範囲の拡大に高まる期待

2型糖尿病の治療薬「セマグルチド」(商品名は「オゼンピック」「ウゴービ」)に心疾患への効能が期待できることが、臨床試験の結果から明らかになった。すでに肥満治療薬としても注目されているなか新たな効能で承認されれば、心臓病薬としても幅広く使用される可能性がある。
injection pen at Novo Nordisk
セマグルチドの注射に用いるペン型注入器。Photograph: Carsten Snejbjerg/Bloomberg/Getty Images

肥満治療薬として注目されている2型糖尿病の治療薬「セマグルチド」(商品名は「オゼンピック」「ウゴービ」)には、糖尿病のコントロール減量以外の効果もあるようだ。このほど発表された研究結果によると、セマグルチドには心臓血管系の効能もあり、体重過多で心臓にも問題を抱えている人の生活の質を改善する可能性があるという。

肥満と心不全を患う500人超を対象にした13カ国での臨床試験によると、1年にわたって毎週セマグルチドの注射投与を受けた患者において、倦怠感、息切れ、浮腫などの症状が改善されていたことが明らかになった。さらに、身体機能と運動機能に顕著な向上も認められている。この研究結果は、医学学術誌『New England Journal of Medicine』で2023年8月末に発表された。

心不全とは、心臓が弱まるか心臓の弾力が不十分になることで、心臓から身体に必要な量の血液を送り出すことが難しくなる病気だ。今回の研究で被験者となった患者は心臓のポンプ機能は正常ではあるものの、弾力性が失われて心臓の内側を十分な量の血液で満たすことができなくなるという、一般的なタイプの心不全を患っていた。

今回の臨床研究で主任研究員を務めた心臓専門医のミハイル・コシボロドは、この疾患を患う人は急激に増えていると指摘する。「この疾患を患うと死亡や入院のリスクが高まるだけでなく、患者の自由を奪ってしまうような症状が出ます。このため患者にとっても大きな負担となるのです」

患者は疲れやすくなり、日常的な作業にも支障が出ることがある。例えば、シャワーを浴びたり服を着たり、スーパーに行ったり、歩いたりといったことだ。

コシボロドによると、こうした心不全の患者がたまたま肥満状態にもなっているわけではなく、肥満が心不全の根本的な原因である可能性を示す証拠が次々と明らかになっているという。このため研究者らは、セマグルチドによって減量することで症状の緩和につながらないかと考えた。「かなり驚くべき変化が認められました」と、コシボロドは言う。

心不全の患者の症状や生活の質は、一般的に100ポイントの指標で測られる。今回の臨床試験では偽薬(プラセボ)投与群の患者において9ポイント足らずの改善にとどまったが、セマグルチド投与群の患者においては17ポイント近い改善が認められた。また、偽薬投与群の患者の体重減少が平均2.6%だったが、セマグルチド投与群の患者の体重減少は平均13.3%に達している。

さらに、耐久力を測る6分間の検査においては、セマグルチド投与群の患者のほうが20m遠くまで歩けた。また1年間の研究期間において、セマグルチド投与群の患者のほうが入院回数と救急科の受診回数が少なかったという。

肥満は、いくつかのメカニズムによって心不全につながる可能性がある。例えば体重過多になると、心臓を含む身体で炎症が発生する可能性があるのだ。この炎症によって心臓が弾力性を失い、心不全の危険が高まることがある。

また、体重が重ければ血液量も多いことになり、心臓の内側に圧力がかかってうっ血が生じることがある。高血圧も心臓の筋肉を分厚くし、それによって心臓が弾力を失って身体に十分な血液を送り出せなくなることがある。

心臓専門医のコシボロドは、心不全患者に対するセマグルチドの効能の一部は体重減少によるものとして説明がつくが、それですべての説明がつくわけではないと説明する。まだ研究者が完全には理解していないメカニズムによっても、セマグルチドが効能を発揮している可能性が高いというのだ。

脳卒中と心臓発作の危険性も抑制か

今回の臨床試験は、オゼンピックとウゴービを製造しているノボノルディスクの資金提供に基づいて実施された。セマグルチドは、もともと2型糖尿病の治療薬としてノボノルディスクによって開発された。糖尿病治療薬としてはオゼンピック、減量薬としてはウゴービの商品名で、それぞれ米食品医薬品局(FDA)から承認を受けている。ただし、オゼンピックも適用外処方として減量目的で使用されている。

2型糖尿病の患者は十分なインスリンを分泌できないか、インスリンに抵抗性を示す。これに対してセマグルチドは、腸でつくられる「GLP-1」というホルモンと類似の働きをすることでインスリンの分泌を促し、血糖値をコントロールしてくれる。

さらに、このホルモンは脳にも作用して食欲を抑制する。このためセマグルチドを使用すると満腹感を感じるので、食事量が減って減量につながるわけだ。

ノボノルディスクは、セマグルチドが肥満の患者においてどのように心不全を改善している可能性があるのか、そしてより一般的な心臓血管系への効能を示すかどうかも研究している。こうしたなかノボノルディスクは、肥満で心臓血管系の疾患の既往歴がある17,000人超の人々を対象にした臨床試験において、5年にわたって毎週セマグルチドを注射投与することで脳卒中と心臓発作の危険を20%減らせたと8月に発表した。この臨床試験の詳細な結果をノボノルディスクはまだ公開していないが、年内の学会で発表するとみられている。

「この結果には非常にわくわくさせられます」と、ロサンゼルスのシダーズ・サイナイ医療センターの研究所で予防心臓科のディレクターを務めるマーサ・グラティは語る。体重過多や肥満は脳卒中や心臓発作の危険性も高めることから、減量に成功した患者では脳卒中と心臓発作の発生件数も下がるであろうことは容易に想像できるという。

一方でグラティは、「心血管の問題をこれほど減らせたということは、減量による間接的な効果以外のメカニズムもあるのではないかと感じます」と指摘する。例えば、セマグルチドが抗炎症作用を示している可能性もあるというのだ。「セマグルチドの作用機序(薬が治療効果を及ぼす仕組み)については、現時点では完全には把握できていないと思います」

予備的なエビデンスにとどまるものの、オゼンピックとウゴービにはアルコールを飲みたい気持ちを抑える効果がある可能性も示されている。スウェーデンの研究者が6月に発表した独立の立場での研究によると、アルコール依存症のラットにオゼンピックとウゴービを投与すると、アルコール消費量が50%減ることが判明しているのだ。

カリフォルニア大学アーバイン校医学部で心臓病予防プログラムのディレクターを務めるネイサン・ウォンは、心不全への効果を示す結果が得られたことについて、ノボノルディスクによる発表の内容と合わせて考えると有望なものであると指摘する。「セマグルチドの適用範囲を広げられる可能性がある知見です」

心臓病薬としても承認を目指す

今回の発見は、21年に発表された臨床試験の結果に基づくものだ。この臨床試験では、体重過多や肥満の人々にセマグルチドを投与することで体重が平均14.9%減少し、血圧や血液中の脂質濃度などの心臓血管系の疾患の危険因子を下げられたと報告されている。

カリフォルニア大学のウォンは、この論文をもとに共同研究者と共に統計モデルを作成し、セマグルチドが何人の米国人に効果をもたらす可能性があるのかを推定した。8月に公表された結論によると、体重過多か肥満である9,300万人の米国人の成人全員にセマグルチドが処方されれば、肥満の人を4,300万人も減らせることになる。しかも、その後の10年で最大150万件の心臓発作や脳卒中、その他の有害な心血管症状を予防できるという。

現時点で心臓発作と脳卒中の危険性を抑える目的で最も幅広く使われているのは、スタチン系の医薬品だ。スタチン系の医薬品はLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の値を下げる作用があり、実際に心臓血管系の疾患のリスクを軽減することが示されている。すでにスタチン系の医薬品を服用している人々がセマグルチドを併用することで、さらに危険性を下げてくれる可能性があるという。

セマグルチドが心臓により幅広い効能を示すなら、オゼンピックとウゴービの使用を希望する人が増える可能性がある。しかし、より多くの人が使用できるようにするには薬価を下げなければならないと、ウォンは言う。

米国では保険が非適用の場合、オゼンピックとウゴービの1カ月処方分の小売り希望価格はそれぞれ935ドル(約14万円)と1,350ドル(約20万円)だ(心臓血管系の疾患向けに発売されるなら、商品名も価格も変わる可能性がある)。保険適用の場合でも自己負担分を支払えない人がいるかもしれない。それにセマグルチドの需要が高まっていることから、いまは供給不足になっている。

ノボノルディスクはセマグルチドの適用範囲を広げることで、米国と欧州の規制当局からの承認を目指す計画だ。すでに市場に出ている医薬品の場合、適用範囲を広げての承認にはさほど時間がかからないことが多い。なぜなら、その医薬品の安全性はすでに示されているからだ。

もし承認を得られれば、セマグルチドは糖尿病治療薬と減量薬に続いて、心臓病薬としても幅広く使用されるようになる可能性がある。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による医薬品の関連記事はこちら


Related Articles
Medical glass vials on blue background
米国で肥満治療薬の人気が高まっている。一方で、人間は岐路に立たされることにもなった。薬を使って太めの体を細くできるようにはなったが、果たして誰もがそうすべきなのだろうか?
article image
糖尿病の治療薬である「チルゼパチド」に減量の副作用が発見されたことから、肥満治療薬としての承認が米国で加速している。一方で持続的な効果についての確証はまだないので、肥満外科手術など、過去の治療法と同じ課題を抱えているという声もあがっている。
an array of pills in blister pack
「オゼンピック」や「ウゴービ」はもともと糖尿病治療のために開発された医薬品だが、減量効果があることから肥満治療薬として注目を集めている。製薬会社は、これまでの注射剤に加えて錠剤の開発も進めており、需要がさらに高まる可能性がある。

次の10年を見通す洞察力を手に入れる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。無料で参加できるイベントも用意される刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら